フィリピン コレヒドール島   Corregidor Isl.

 コレヒドール島は、マニラ湾入り口に横たわる小島で、太平洋戦争の激戦地として知られています。
コレヒドール島は、全長6.4km、最大800mの小島ですが、マニラ湾の入り口に位置するため、古くから戦略上、重要な役割をになってきました。18世紀のスペイン統治時代に海賊の侵入を防ぐ税関の詰め所として使われたため、スペイン語で「厳しく懲らしめ、治めるもの」を意味する「コレヒドール」の名が付けられたといわれています。
米西戦争後は、米軍の保留地として徐々に補強され、1942年5月の日本軍上陸時と1945年2~3月の米軍奪還時には、島内で激しい戦闘が展開されました。そのときの戦闘における日本軍守備隊6000人のうち、生存者は20名前後と壊滅状態でした。戦後は、フィリピン国防省管理下で、太平洋戦争記念館の建設などが行われ、1989年には、フィリピン観光省が中心となりコレヒドール財団を設立。現在、宿泊してこの島の歴史をじっくり体験できるようになっています


 
 
 



コレヒドール島ツアー チェックイン

コレヒドール島まで約1.5時間

マニラを出発

コレヒドール島目前
 
到着 バスツアー出発
 
Barracks
   
 
当時としては最高の設備を備えていたミドルサイド兵舎跡
 
バターン半島を望む
   
 
弾薬庫 12インチ臼砲
 
ハーン砲台12インチ長距離砲
 
吉田部隊用
 
日本軍司令部跡(吉田部隊)
   
 
モンジャ島
 
バターン半島
   太平洋戦争記念館

1967年に米軍が300万ドルを投じて建てたもので
コレヒドール島で戦死した米比軍人の記念碑や資料館
平和祈念のエターナル・フレーム等があります。
   
   
   
   
   
 
 
灯台
 
売店
 
海抜191mトップサイドの島内最高地点です。
マニラ湾と南シナ海、そしてコレヒドールのパノラマが楽しめます。
スペイン統治時代の1836年に最初の灯台が建造され、
その後1897年にはさらに大きなものが造られましたが、
第二次世界大戦中に破壊されてしまいました。
現在の灯台は、その複製です。
 
 
 
日本平和庭園
 
慈母観音像
 
戦艦武蔵記念碑 (レイテ海戦の途上で撃沈されました)
   
 
・・・
 
・・・
 
戦没者追悼慰霊之碑
 
日本平和庭園より 左手前:カバッロ島  右奥:ルバング島
   

マリンタ・トンネル

1922年に米軍が兵器貯蔵庫として完成したトンネル要塞。
長さ835フィート、幅24フィートで、24本の横穴があります。
戦争中は米軍司令部として使われ、
負傷兵のための病院(1000床)としても使われました。
その後、1945年追いつめられた日本軍はトンネルを爆破し、
多数の日本軍兵士が死亡しました。
現在のトンネルは、1976年に修復されたものです。 
   
 
Corregidor Inn
 
ナツメヤシの実
   
 
Corregidor Bay
 
I SHALL RETURN マッカーサー像